濡れ衣

 


昭和40年代。
まだ学校給食に先割れスプーンが使われ,
生ぬるい脱脂粉乳をアルマイトの食器で飲んでいた時代。
夏は薄汚れたランニングシャツと半ズボンで,
汗と埃にまみれながらそこらじゅうを駆け回っていた時代。
冬は,青っ洟を垂らした少年たちが,歓声を上げ,
白い息を吐きながら雪の上を転がっていた時代。

なにか,セピアカラーの景色の中で,遠くでコダマする元気な子供たちの声が聞こえてきそうな。
あまり遠くない昔の出来事です。

場所は岩沼。
仙台から南に汽車で約30分の場所にある田舎町。

小学校では,仙台に行く場合は,父兄同伴で行く様に。
(今の言い方だと保護者同伴?)
守れない子は不良です。
と,妙な指導をしてました。

駅構内のホームの上にぶら下がっていた大きな時計。
上下線両方から見る事ができる様に,表も裏も時計になっていて,その時計が壊れてるのをよく見かけました。
壊れているのは『不良』と言う張り紙があったので容易に判断がついたのですけど。
その不良です。
時計は非行に走らないし,良好な状態ではないので不良なのですね。
でもこの国鉄の張り紙は何か変です。
標示するとすれば不良ではなく故障でしょうね。
不良表示の時計。
故障表示の時計。
読み比べてみてください。
どう考えても不良表示ってへんでしょう。


この国鉄の変な表示の仕方以上に,小学校の指導の仕方はもっと変だと思いますけど。
学校の言い回しをそのまま受け入れれば,仙台駅周辺に住んでる子たちは,全員「不良」という事になりはしないでしょうか?

「不良」とか「非行」とか,殺し文句の様に連発していたような気がしますね。



その田舎町にもうすぐ小学校を卒業するA君がいました。
最後の冬休み。
お正月も3日目になるとムズムズしだす子供たち。
テレビはつまらないし。
大人たちも3日目になると,大人同士の絡み合いに飽きるらしく。
その矛先は子供たちへ。
真っ赤な顔で,臭い息を吐きながら,ご機嫌で絡んでくる。
今年の抱負?
書初め?
「あ~やかましい」
お年玉は取りあえずゲットしたし,家から逃げ出したい一心で,誰か来ないかな~と思っていると。
近所に住んでいて,違うクラスの同級生B君が遊びに来て。
(どこの家も同じなんだね,きっと)
「お正月に貰ったお年玉を使って,仙台に行ってみようよ。小学生最後の冬休みだしさ」
「今日?」
「今日は流石に無理だよね。だからさ冬休み中に何か理由つけて,お互いの家に行ったことにすればいいさ」
(今で言えば卒業旅行?)
「大丈夫かな。見つかったらヤバイよ」
「言わなきゃ,誰も判んないさ」
「そうだね」

A君とB君が計画したのは平日の1月6日の水曜日。

9時台後半の汽車に乗り,仙台へ。
仙台では丸光5階のおもちゃ売り場で,お高いミニカーがずらりと並ぶショーケースに釘付けになり。
お年玉ごときでは手の届かないミニカーにため息をつき。
プラモデル売り場で,第二次大戦で活躍した戦車や飛行機,戦艦等の箱が積まれた棚を眺め。
やはり高嶺の花のその大きな箱を穴のあくほど見つめ。
誰にも邪魔されず,好きなだけ眺めては歩き,歩いては眺めを繰り返しながら,
「フリーダム」な気分を満喫したのでした。

しかし,ため息交じりの午前中はあっという間に過ぎ。
お腹が空いた彼らは,駅の周辺を探索。
いい匂いのする喫茶店に,誘い込まれる様に入り。
キョトキョトしながら,ケチャップをまぶした様なスパゲッティーを注文。
今まで味わった事のない味を,感動の中で堪能し,大人になった様な感覚で帰宅の途に就いたのでした。


無事新学期も始まり,数日が過ぎた体育の時間。
小学校の教諭は,女性の教諭が多く。
A君の担任も女性でかつジャバザハットだったので。
(昭和のこの時代にはジャバザハットはいませんでしたが,想像するにこういう感じだったのでは)
とても体育の授業をこなせるような体形ではなく,他の学年の男性教諭が授業をしてました。
その体育の授業真っ盛りの中。
担任のJ先生が突然体育の授業をしている講堂に現れ,なにか男性教諭に耳打ちすると。
A君に近寄ってきて。
「ちょっと,一緒に来なさい」
「え?」
「兎に角,来なさい」
押し付ける様な,とても嫌な威圧感に気圧されながら。
「ハイ」
デカい尻をジャバザハットの様にくゆらせながら,歩く担任の後ろについて行き。
着いた先は,マットや跳び箱が所狭しと置いてある,汗臭く湿っぽい体育用具室でした。
人気のない体育用具室に入ったJ先生は,振り返りざま押し殺した様な声で
「仙台に行ったでしょう」
「エ?」
何で知ってるんだ?何でばれたんだ?何で?
カラータイマーが点滅し始め。
心臓が破裂しそうに「バクバク」
言葉に窮してると。
「仙台に行ったんでしょう。正直に答えなさい」と,さらに強い口調で。
しらばっくれるしかいよな。
行ったって言う証拠がない訳だから。
もしかしたら丸光の中で見かけた?
でも,学校関係者が出勤してる平日を選んだわけだし。
やっぱり,しらばっくれよう。
「いえ,行ってません」
「嘘言ってないわよね」
「ハイ」
「わかったわ。体育の授業に戻っていいわよ」
なんとも,気持ちの悪い担任との面談。
その日は,この気持ちの悪い状態を引きづりながら授業を受け。
ばれた理由を探しつつ,どうやってしらばっくれるかを必死に考えながら帰宅。
ジャバザハットが家に来るかもしれない。
どうしよう。
まんじりともしない夕食までの時間。
そして,落ち着かない夕食。
そして,熟睡できない夜。

あまり気持ちの良くない目覚め。
食欲がなく朝食を食べた記憶のないまま登校。
朝のホームルームが始まると。
「A君ちょっと来なさい」と自分の席に呼び寄せるJ先生。
教室の前,左端にある先生の座席に前に立たされ,小声で。
「A君。嘘ついてるでしょ。本当は仙台に行ってるんでしょ!」
「いえ,行ってません」みんなの視線を背中に感じながら小声で。
「頑固だわね。嘘ついてるのは解ってるのよ」と押し殺すように。
「でも。行ってません」みんなの耳がダンボの耳になってるのを意識しながら。
「まあ,いいわ。戻りなさい授業がはじまるから。給食食べたらまたここに来なさい」
「はい」と,とぼとぼと席に戻るA君。

昼食後も同じ会話が続き,更に放課後も。
更に翌日も,毎日の様に続く詰問。
仙台に行った証拠は示さず,具体的な内容を聴きだそうとするJ先生。
「行ってない」を繰り返すA君。
親を呼び出すことも無く,続く1対1の詰問。
5分から10分程度の詰問の繰り返しは,A君のしらを切り通そうとしてる思いに十分なゆさぶりをかけるものでした。
しかし,何とか踏ん張り続けるA君。
B君の方はどうなってるのだろう。
同じく担任に詰問されてるのだろうか?
A君は6年2組で,B君は6年5組だったのです。
なんとかB君と会って話をしようとしたけど,なかなか会うことが出来ず,1週間が過ぎ。
その放課後。
誰もいない教室で,新たな展開が始まりました。
明らかにいらだっているJ先生。
その苛立ちを隠そうともせず。
「あなた。万引きしたでしょう!」
「エ?」
「証拠はあるのよ。ちゃんと。」
「してません」泣きそうになりながら。
「丸光の5階おもちゃ売り場に行ったでしょ!」
「・・・」なんで知ってるんだ。
「そこで,万引きしたでしょ」
「してません」
「嘘ついてもダメよ。正直に言いなさい。卒業させないわよ」
「・・・・」
「なんで黙ってるの。都合が悪いからでしょ」
「・・・・」体中が震えだし。涙目になりながら。
「ホ~ラ。やっぱり嘘だったんでしょ。私の教師人生に泥塗ったのよアンタは」
何もかもが崩壊しだすような感覚の中で,真実のみを言ってしまおうと決心したA君。
「仙台には行きました。でも万引きはしていません」
「ほ~ら,やっぱり嘘ついてた。万引きして無いなんて誰も信じないわよ。卒業させないから。いいわね」
仙台に行ったことが問題ではなく,万引きが問題だったんだ。
なら,一緒に行動していたB君に聞いてもらえば,疑いはきっと晴れる。
「5組のB君も一緒に行ったから,B君に聞いてもらえば万引きしてないのは判ると思います」
「え?2人で行ったの。あなたの言ってることは嘘だらけね」
「嘘じゃありません。本当です」
「じゃ,今までの事はどう説明するの」
「嘘じゃありません。B君と行きました」
「じゃ,仙台のどこに行ったか,説明しなさい」
丸光の5階のおもちゃ売り場に言った事。
喫茶店でスパゲッティーを食べた事。
を説明すると
「そーらみなさい。丸光の5階に行ったんでしょ。馬鹿な嘘つくから,ばれるのよ」
「でも,万引きはしてません。B君に聞いてみてください」
「分かった。じゃ,聞いてみるけど。い~い!嘘だったら,本当に卒業させないわよ」
ここで,J先生の詰問から解放。

翌日は,B君に確認が取れないらしく。
久しぶりにJ先生の詰問から解放されたA君。
B君に聞けばすべてはっきりする筈。
やっと解放される。
そう思って過ごした,心穏やかな一日。

しかし,その翌日の朝。
「A君来なさい」鬼の形相のJ先生。
「ハイ?」疑いがはれたはずなのに,何故だろう?
「嘘つき。あなたは本当に嘘つきにね」
「B君に聞かなかったんですか?」
「聞いたわよ。でも,絶対行ってないと言ってたわよ」
「え?そんな」
「あなたみたいな子は,卒業させるわけにはいかないわね。将来とんでもない人間になるわよ
今日と言う今日は,白状してもらうから。
放課後逃げないで残ってなさいね。
じっくり話を聞くから」
「ハイ」何がどうなってるのかわからないA君。
同級生達の間では,A君が仙台で万引きしたとのうわさが広まり。
話しかけてくる,友達はいなくなってました。
背中に冷ややかな視線を感じながら一日を過ごし。
そして放課後。
誰もいない教室で,声を荒げるJ先生。
うつろな目の向こうに見えるのは,目を見開き唾も飛ばさんばかりに怒り狂ってるJ先生。
どうしようもない絶望感の中で,思い切って聞いてみました。
「B君には,なんて聞いたんですか?」
「そんな事。あなたに教える義務はないわね」
「でも。どんなふうに聞いたんですか?」
「嘘つきに答える義務はない!」
「お願いです。どんなふうに聞いたのか教えてください」
「フン。聞いたって無駄よ。事実は曲げられないわ」
「お願いです。お願いします」
「フン。じゃ教えてあげるけど。
うちのクラスのA君がB君と仙台に行ったと言ってるけど,本当なの?って聞いたのよ。
そしたらB君はね。
絶対行ってません。って答えたのよ」
「それだけなんですか?」
「そうよ。あなたの嘘がばれた瞬間よ。
なんで簡単にばれる様な嘘を平気でつくの?
馬鹿じゃないのあなた」
「でも・・・僕は万引きはしてないし。B君と一緒にいたんです」
「また始まった。知ら切ったって駄目よ」
「・・・・・」もうどうにもならない。でも万引きはしてない。
「なんで,僕が万引きした事になってるんですか」
「丸光のおもちゃ売り場で万引きした時,売り場の担当者に捕まったでしょう。
その時,自分の名前と学校名を聞かれたでしょ」
「いえ聞かれてませんけど」
「じゃ,万引きはしたのね」
「なんで,そうなるんですか?万引きして無いから,名前も学校名も聞かれてません」
「あなたの話を今まで聞いてきて,嘘ばっかりだったじゃない」
「でも,万引きはしてません」
「フン。いいわ。遅くなったから。返っていいわよ。あなたのせいで仕事が,一杯残ってるんだからね」
「すみません。じゃ帰ります」

教室の扉を開けて薄暗くなりかけた廊下に出て,昇降口まで行き外履きに履き替え校庭に出ると。
体の芯がブルッとなる様な冷たい風がA君めがけて吹き付け。
その冷たい風を,身体を縮こませて寒さを受け流す事も出来ず,弛緩した身体を逆なでするように通り抜けて行きました。
校門に重い足取りでむかっていると,校舎の間の暗がりから走り出て来るB君。
憎しみに燃えた目をA君に向けながら
「裏切り者!」と一言。
「待ってよ!万引きの疑いがかけられて・・・」
罵声を浴びせて走り去っていくB君の後ろ姿に追いかける様に響くA君の悲痛な声。
その声は,冷たい風に流されB君には届きませんでした。

辛い数日が過ぎ。
またまた,放課後の詰問時間。
毎日の詰問のなかで,どうしても納得いかない事が,出てきていました。
具体的な内容が何もないのです。
そのことに気付き始めたA君。
「丸光の売り場の人に合わせてください。どんな人なんですか」
「まだ私もあった事ないから解らないわよ」
「え?じゃどうやって僕が万引きしたって・・・」
「学校に電話があったのよ。あなたの名前と学校名。そして万引きがあった日時のね」
「それだけで,僕が万引きしたと?」
「他にどんな理由がいるの?何で丸光のおもちゃ売り場の担当者が,小学校名とあなたの名前が言えるか考えればわかるでしょ」
「日時って何時ですか?」
「1月3日の午前中よ」
「え?おかしいですよ先生。僕達が行ったのは1月6日ですよ」
「え?また嘘ついてるんじゃないの?」
「違います。1月3日は,お正月の三が日なので,親たちと家に居ましたから。
その時B君が来て,6日の仙台行の計画を立てたんです」
「ウ~ン。わかった。今日は帰っていいわよ」

日曜日を挟んで数日たった放課後の帰りしなに。
「ちょっとA君」とJ先生に呼び止められたA君。
「ハイ」また始まるのかな~と嫌な気分に。
「疑い晴れたから」と気まずそうに笑いながら。
「?」
「疑い晴れたのよ」
「どういうことですか」
「近所の中学生がね,犯人だったのよ」
「?」
「おもちゃ売り場で万引きしたのを見つかり捕まって,A君の名前と学校名を言ってたのよ」
「僕のこと知ってる人って事ですか
そして僕も知ってる人って事ですか。
・・・・・・
いったい誰ですか?」
「それは言えないのよ」
「何でですか?ひどくないですか。あまりにも酷いですよね」
「兎に角。疑いは晴れたから」と吐き捨てる様に言いながら,そそくさと教室を出て行くJ先生。
呆然と見送るA君。
冬休み明けからのこの一連の出来事は,一体なんだったのでしょう。

疑いは晴れても,詰問された内容は忘れられないし。
嘘つき呼ばわりされ,卒業させないとまで言われ,真実を告白した結果,友人を失った事実は消えないのです。
そして,同級生たちの刺すような視線は,小学校の最後の最後日まで,A君は感じて過ごすことになるのです。


いろいろ不可思議な事が多く,疑問だらけの事件です。
J先生は,確たる証拠もなしにA君に対し,追い詰める様な過酷な追及していたのでしょうか。
J先生あるいは小学校側は,何故保護者に連絡せずに,A君に疑いをかけ続けたのでしょうか。
この事件について学校関係者はどこまで把握していたのでしょうか?
把握していたとしても,かなり複雑で屈折した人間関係が背後にあり。
さらにとても都合の悪い情報だったと思われ,開示されることは無かったでしょうけど。

そして,この謎の中学生は何者だったのでしょうか。
この中学生は,何故A君の名前を知っており,通ってる小学校まで知っていたのでしょうか。
たまたま万引きして捕まっただけなのか?
そして,たまたま知っていたA君の名前を言って,その場を逃れただけなのか?
計画的に万引きを行い,発覚した時に逃げ延びる為に,A君の名前を用意していたのか?
計画的にA君を陥れる為にそうしたのか?
何故,近所の中学生だと特定できたのか?
本当に中学生が存在したのか?

等々,多くの疑問がわいてきます。

これらの疑問は,この時点では,明らかになってはいません。


この町には中学校は3つ,小学校は本校が3つ,分校が3つありました。
小学校から全く同じメンバーでスライドしていく中学校は一つだけで。
残りの2校は,住んでる場所で分校と本校の中から分かれてその地域の中学校に進学することになってました。幸いA君は,残りの2校の地区に属しており,シャッフルされた状態で中学校へ進学。
ですから,その後の中学校では,新しい環境や新しい友達ができ,小学校最後の時間の様な,陰湿な嘘で塗り固められた世界を引きづる事は無い筈だったのですが。











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